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“あげまん俳優”大杉 漣 〜目覚ましい活躍〜 『 HANA-BI 』


HANA-BI

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「あげまん俳優なんですかねえ、僕は」 最近、活躍が目覚ましい映画俳優の大杉漣さんが、冗談ぽくそう言った。

大杉さんは、現在公開中の北野武監督作品『 HANA-BI 』で、主人公の西刑事(ビートたけし)とコンビを組む堀部刑事役で出演。西と堀部は、中学・高校を通じての親友。西が一人息子を四歳で亡くし、妻は末期癌で余命幾ばくもないという悲愴感を背負っていたのに対し、堀部は、愛する妻と娘に囲まれる温もりの中にいた。

いつものように、二人で凶悪犯を張り込んでいた時に、堀部は、ここは自分一人で大丈夫だから、奥さんを見舞うように、と西に勧める。西は堀部の言葉に甘えて病床の妻の元に向かい現場を離れる。その矢先に、堀部は犯人の銃弾に倒れる。命は取り止めたものの、下半身不随の身となってしまう。

堀部の元を去って行く妻と娘。孤独になった絶望感から自殺を図る堀部だったが、西の励ましもあり、絵を描くことにささやかな喜びを見出すようになる。西は、自分のミスから死に追いやった部下の家族や、堀部を気遣いながらも、命に限りをつけられた妻と二人で旅に出る。それは、何者にも侵すことの出来ない愛に満ちたものだった。

大杉さん演じる堀部は、西の分身とも思える役。劇中、堀部の作品として登場する絵は、すべてたけしが描いたもの。

大杉さん曰く「撃たれてからの堀部の姿は、あのバイク事故後の、もう一人のたけしさんかもしれません。」 北野作品としては、初出演の『ソナチネ』(1993)では、前半で消える役だったのが「ちょっと、引っかかってくるんだよね」ということで、監督が、大杉さんの役をどんどん膨らましていき、ついにはラストまで引っ張っていったという。以来四作連続出演での今回の堀部役だった。

周知のように、『HANA-BI』は、昨年のベネチア国際映画祭で金獅子賞(グランプリ)に輝く。日本映画のグランプリは『無法松の一生』稲垣浩監督・1958)以来だから39年ぶりのことなのだが、最近では、竹中直人監督『無能の人』(1991)が国際批評家連盟賞、是枝裕和監督『幻の光』(1993)が金のオゼッラ賞をこのベネチアで獲得した。なんと、大杉さんは、この両作品にも出演していたのである。

「低予算でも、脚本や監督が面白かったりすると、敢えてそっちの方を選んでしまう習性が、昔からあるんですよ」と嬉しそうに語ってくれる。竹中、是枝両監督とも、当時は未知数の新人監督だった。また、今をときめく周防正行監督のデビュー作『変態家族・兄貴の嫁さん』(1983)でも主演しているのである。

人を見る眼の確かさと、15年間の小劇団での活動で培った‘意気に感じる仕事ぶり’、そして、自身の演技力の裏付けがあってこその“あげまん俳優”なのだろう。

大杉さんと私の出会いは、主演作の『ポストマン・ブルース』(1997)が上映され、サブ監督と共にゲスト参加した先の秋田十文字映画祭でのこと。サブ監督もまた、デビュー作の『弾丸ランナー』(1996)がベルリン国際映画祭で上映され、今や世界的に注目される存在である。

大杉さんは、『ポストマン・ブルース』では、黒のサングラスにトレンチコートで身を固め、キザでハードボイルドな中に実は心優しい“殺し屋ジョー”を、そして、現在公開中の『極道の妻たち―決着(けじめ)』では、一見気荒だが、小心者の暴力団幹部をそれぞれ演じている。

大杉漣という俳優は、今、演じること、映画作りに携わることが、楽しくて仕方がないのだろう。香港のリーチ・ガイや、台湾の候孝賢(ホウ・シャオシェン)等、海外の名だたる監督たちから出演要請を受けても淡々としたもの。

俳優としての姿勢は、以前から何ら変わっていないが、時代や世界が、この人に向き出したという点では役所広司と共通のものを感じる。その役所と共演した黒沢清監督『CURE』(1997)の公開が待ち遠しい。そして、崔洋一監督の新作『ドッグレース』の公開も春に控えている。

大杉漣、“いぶし銀”と“初々しい”という相反する形容詞で飾りたくなる、なんと魅力的な映画俳優であろうか。

大杉漣さん
絵:菊地敏明

1998年1月26日 (敬称略)