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「学校III」の俳優たち 〜主役支え、わき役が熱演〜


学校III

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愛する夫との間にかわいい男の子が生まれたと思ったら、その子は自閉症。夫は十年前に過労死。それでも、零細企業の経理を勤めながら、母子二人のつつましくも幸せな暮らしを営んできた45歳の小島紗和子は、ある日突然、不況のあおりを受け、会社を解雇される。これでもか、これでもかと津波のように不幸が紗和子に押し寄せる。

紗和子に泣いてる暇などなかった。息子・富美男との暮らしを守るため安定した再就職に必要な資格を得ようと、都立の職業訓練校に入校する。彼女が学ぶ高齢者教室には、倒産した町工場の社長、喫茶店経営に失敗したマスター、リストラされたまだ働き盛りのサラリーマンなどさまざまな人がいた。

公開中の、山田洋次監督の新作『学校III』は、小島紗和子を主人公に、職業訓練校の高齢者クラスを舞台に繰リ広げられる。映画を観(み)るまでは、題材の重さと、主演の大竹しのぶの過剰演技への危慎(きぐ)から、あまり期待はできなかった。しかし、この『学校III』は私の役者に対する固定観念からの予測を心地良く裏切ってくれた。

大竹しのぶは、次々と不幸に見舞われる中年女性を、さらりと好演し、女優としての奥行きを感じさせた。また、大手証券会社の部長だったプライドを捨てきれずに、クラスメートと馴染(なじ)めずにいる高野役の小林稔侍は、彼自身が持つ無器用、武骨なイメージが役にピタリとはまっていた。そして、わき役の田中邦衛寺田農ケーシー高峰中村メイコらが大竹と小林を支え、絶妙なアンサンブルを形成していた。

特筆すべきは、自閉症の富美男役黒田勇樹である。16歳の彼は、8歳の時に大河ドラマ『武田信玄』でデビューしてから、テレビドラマや舞台など数多くの出演をこなしてきた、キャリア9年の若きベテランなのだが、意外にも、これが映画初出演。巨匠の演出で、役が自閉症の若者という、二重三重の重圧にもかかわらず見事に演じ切った。と言うより、知らない人は、彼が"本物"では、と見間違うほど。悲惨に陥りがちな役に、時に笑いをも生み出した富美男の姿を見ていると、障害とは?健常とは?という素朴な疑問に行き着く。

本作の主要キャストは、山田作品には馴染みの薄い俳優ばかりである。その中で、あえて笠井一彦という無名の俳優を付記したい。生命保険会社をリストラされて机を並べることになる橋本を演じる笠井は、昭和50年の山田洋次作品『同胞(はらから)』で青年団の一人を演じてから、トラックの運転手をしながら『男はつらいよ』で、タコ社長経営の印刷工場の工員役で、ワン・シーンに出演するだけの俳優生活を続けてきた苦労人。黒沢明の遺作『まあだだよ』にも出演していたが、今回は、主人公を支える大きな役。こういう人に光が当たるのを見ることもひそかな喜びである。

また、最上町出身のケーシーさんのオカマ役に、喜劇役者としての地力を見、快哉を叫び、わきに徹した人問味あふれる演技で全体を底上げしてくれた邦衛さんにわけもなく感謝したい思いにかられる。この邦衛さんが、来月8日午後2時から、天童市成生小体育館でトークショーを行う。聞き手は不肖、私。講うご期待!

学校V
絵:菊地敏明

1998年10月26日 (敬称略)