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[No.04]  峯田和伸と須貝智郎 (上)


アイデン&ティティ山辺町出身のミュージシャン・峯田和伸(かずのぷ)主演の映画「アイデン&ティティ」が間もなく公開される。バンドブームの波に乗ってインディーズからメジャーシーンに躍り出たロックバンド、スピードウェイだったが、ブームの波が去ると同時にバンドも停滞期を迎え、メンバーの関係もぎくしゃくしていく…。原作はみうらじゅんの人気コミックで、脚本は若者から圧倒的支持を受けるクドカンこと宮藤官九郎、監督はプロジェクトXのナレーションでお馴染(なじ)みの俳優・田口トモロヲが初めて挑んだ。三人ともバンド経験者である。


俳優は、バンドのボーカルに中村獅童、ベースに大森南朋(なお)、ドラムにマギー、そしてギターで主人公の中島役に峯田和伸。そのほか中島の恋人役に麻生久美子、雑誌記者に大杉漣と 現在の映画、テレビドラマでノッている実力派を揃(そろ)えた布陣。この中で主役の峯田だけが初演技、すなわち素人なので、浮いてしまったり足を引っ張っ たりするのでは、という懸念を抱きながら映画を観(み)たのだが、それは心地よく裏切られた。


峯田の演技は、演じているというより、生身の峯田 和伸がそのまま存在しているという錯覚に陥るほど、中島と峯田の境目がつかなくなるものだった。話す言葉も、彼の日常のままナマっているのだ。あの鐸々 (そうそう)たる俳優陣を向こうに回して山形弁のイントネーションのままなのだ。これはすごいことである。私などは山形弁に対するコンプレックスから、ど うしてもよそ行きの言葉を使いがちになるのだが、この若者(12月10日で26歳)にはおよそコンプレックスというものが感じられない。卑屈(ひくつ)さ が、微塵(みじん)もなく堂々とナマっているので、バンド仲間や恋人の標準語とのやりとりに爽快(そうかい)感さえ覚えた。


この「アイデン&ティティ」は単に音楽映画という枠にとどまらず、若者の夢と現実、恋愛の葛藤(かっとう)や喜びを描いた青春映画として秀逸なものであるが、中島役の峯田和伸なくして成り得なかった作品と言っても過言ではない。それは、とりも直さず、初監督の田口トモロヲが一年がかりで中島役を探し、峯田に白羽の矢を当てた眼力とその演出力の勝利でもあるのだ。

峯田と同様、否それ以上に山形(置賜)弁で映画の主演を務めたのが、南陽市在住の農民シンガ一須貝智郎である。


その須貝主演の映画「おにぎり」は、斎藤耕一監督と 須貝との三年前の出会いに端を発する。農業を営みながら土や作物、生物に根ざした歌を作リ唄っている須貝の生き方に衝撃を受けて思い立ったものなので、都 会生活に疲れ、ドロップアウトしてきた人々を受け入れ、共に米作りをする清水篤郎のキャラクターは須貝を当て書きしたもの。よって、須貝は、山形県民には 染みの強烈な置賜弁で浅茅陽子、松原千恵子、永島敏行などベテラン俳優を相手に臆(おく)せず演じている。それは峯田同様、須貝そのもののようであった。この生まれた時代も環境も異なる二人には意外に共通点が多いのだ。


2003年12月24日 「峯田和伸と須貝智郎 上」