かつての日本の男 現代ではヒーローに 〜田中耕一さんなどに観る〜
正月映画の大本命『ハリー・ポッターと秘密の部屋』に、ナルシストで自己顕示欲旺盛、口は達者だが、いざとなると空きし意気地のない教師が登場する。どちらかと言えば敵(かたき)キャラなのだがどうもニクめない。名優ケネス・ブラナーが演じているということもあるが、彼のその実の無いキャラクターが、身近に多く見受けられるからではないだろうか。
ノーベル化学賞を受賞した田中耕一さん(43)が、現在、もてはやされているのは、彼の控えめな人間性、謙虚な姿勢とごく普通の態度に負うところが大きい。東大や京大の教授という権威もないサラリーマンがノーベル賞をとっても舞い上がることなく、カメラの放列や、皇室の方々や首相との謁見(えっけん)に戸惑う。この人はおよそ得意になるということがない。
田中さんは、島津製作所入社20年になろうとしているが、好きな研究に携われるだけで満足だったらしく、昇進試験などは受けずにきたため、役職は主任のままだった。もちろん、受賞後、会社は役員に昇進させようとしたが、本人が固辞し、部長待遇におさまるが、あくまで研究第一の姿勢は変わらぬまま。
今でこそ“スーパー・サラリーマン”“サラリーマンの星”などと呼ばれる田中さんだが、おそらく同期入社の中では、出世は遅い方だったと思われる。このことは、日本が戦後、邁進(まいしん)してきた高度経済成長の中で、目先の利益ばかりが優先され、数字や量の拡大を重んじ、組織においても出世競争の熾烈(しれつ)化が進み、自己アピールが優先されるようになり、いつの間にか“評価する側の眼力”が低下していたことの表れととれるのではないか。また、田中さんをノーベル賞に推薦したのが、国内ではなく海外の委員からだったのも偶然ではないだろう。
栄誉栄達には頓着(とんちゃく)せず、自己顕示欲など微塵(みじん)も感じさせない田中さんのような人物は、特別天然記念物の「トキ」のような存在になってしまったのではないだろうか。
その田中さんと、映画『たそがれ清兵衛』(山田洋次監督)の主人公、井口清兵衛(真田広之)が重なる。
剣の達人でありながら、そんなことをおくびにも出さず、平侍の低い石高に甘んじ、上司、同僚に媚(こび)もせず、ただただ、二人の娘の成長と痴呆の母の健康、家族の幸せだけを望み、なりふり構わず、畑仕事や虫篭(むしかご)作りの内職に励む。もちろん、日常の藩勘定方の仕事をきちんと勤めた上でのことである。
清兵衛にとって、身なりのみすぼらしさや同僚との付き合いの悪さで嘲笑(ちょうしょう)されることなど、家族の安寧(あんねい)な暮らしに比べたら何でもないのだ。
他人の評価を欲しがる私などからすると、田中耕一さんや清兵衛の人物像は、崇高で気高く、美しく、自己嫌悪に陥ってしまう。
思えば、今年の秋は、21年間続いたドラマの最終章『北の国から〜遺言〜』で幕を明けた。“遺言”とは主人公の黒坂五郎(田中邦衛)が、おとなとしてそれぞれの道を歩いているわが子、純と蛍に残した心の底からの想(おも)い。“子供たちに金品は残せないが、生きていく力は残した。六郷の自然は、毎年十分食べさせてくれる。家族の幸せだけを見て謙虚に慎(つつ)ましく生きろ”そんな内容だった。
“人の目も何も気にせず、ただひたむきに家族を愛すること。思えば父さんのそういう生き方が僕や蛍をここまで育ててくれたんだと思います。…中略…父さん、あなたはすてきです”これは純の父への想い。
田中耕一、井口清兵衛、黒坂五郎、かつてはどこにでもいた日本の男、父親像が、今はヒーローとなる時代となってしまった。
2002年11月22日(敬称略)